なぜ城崎温泉は、人生の節目を迎えた夫婦を惹きつけてやまないのか
子育てという長い旅路を終え、ふと隣を見ると、少しだけ髪に白いものが混じり、目元には優しいシワが刻まれたパートナーがいる。慌ただしい日々の中では交わすことのなかった言葉、見過ごしていた想い。そんなふたりの時間を、もう一度ゆっくりと紡ぎ直したい。そう願う50代の夫婦が、旅先に城崎温泉を選ぶのには、明確な理由があります。
カラン、コロン。下駄の音が心地よく響く柳並木。それはまるで、これから歩むふたりの穏やかな人生を祝福するかのよう。ここでは、誰もが浴衣を正装とし、日常の鎧を脱ぎ捨てて、素顔の自分に戻ることができます。ただ宿にこもるだけではない。「外湯めぐり」という共通の目的に向かって、自然と手を繋ぎ、語り合う。その温かな一体感が、夫婦の間に新たな絆を育んでくれるのです。
この記事では、そんな城崎温泉の中でも、特にプライベートな時間を大切にしたい50代の夫婦のために、「露天風呂付き客室」を備えた上質な宿だけを厳選しました。ただの名所案内ではありません。これは、ふたりの物語の、新しい一章を開くための招待状です。
西村屋本館
~三百余年の歴史が薫る、国の登録有形文化財の宿~
■おすすめポイント(西村屋本館)
- 160年の歴史を誇る、城崎温泉を代表する老舗旅館
- 国の登録有形文化財に指定された、風格ある建築と美しい日本庭園
- 伝統とモダンが融合した、露天風呂付き客室「鴻臚」
- 但馬の山海の幸を極めた、芸術的な会席料理
- 歴史が育んだ、心尽くしのおもてなしと静寂の空間
三百余年の歴史が息づくこの宿は、ただの宿泊施設ではありません。一歩足を踏み入れれば、磨き上げられた柱や欄干、手入れの行き届いた庭園が、静かに時の流れを語りかけてきます。志賀直哉をはじめ多くの文人墨客に愛された空間は、慌ただしい日常を忘れさせ、夫婦の対話に深い趣を与えてくれるでしょう。
客室
露天風呂付き客室「鴻臚(こうろ)」は、本館の伝統的な趣はそのままに、現代の快適性を追求した特別な空間です。窓の外に広がるのは、四季折々の表情を見せる日本庭園。客室にいながらにして、城崎の自然と一体になれるような、開放感とプライベート感が両立しています。
客室露天風呂の時間
檜の香りがふわりと立ち上る、信楽焼の湯船。そこに身を沈めれば、聞こえるのは風にそよぐ木々の葉音と、遠くで響く下駄の音だけ。目の前には、計算され尽くした庭園の緑が広がり、まるで一枚の絵画を眺めているかのようです。
肩まで湯に浸かり、どちらからともなく「贅沢だね」と声が漏れる。それは、豪華さに対してではなく、誰にも邪魔されないこの静かな時間そのものへの感謝の言葉。湯けむりの向こうに見えるパートナーの穏やかな横顔に、これまで共に歩んできた歳月の愛しさを再確認する。そんな、言葉にならない想いが通い合う時間が、ここには流れています。
共用風呂
館内には、趣の異なる三つの湯処が用意されています。中国の伝統的な建築様式を取り入れた「吉の湯」、開放的な庭園風呂「福の湯」、そして家族や夫婦だけで利用できる貸切風呂。いずれも、西村屋本館の歴史と美意識が凝縮された空間です。
外湯めぐりから戻り、最後に宿自慢の湯で一日を締めくくる。そんな湯の梯子(はしご)を楽しめるのも、この宿ならではの贅沢。浴衣姿で館内を歩けば、すれ違うスタッフの柔らかな笑顔に心が和み、まるで我が家のように寛ぐことができます。
食事
西村屋本館の食事は、まさに「食の芸術」。冬の松葉ガニや但馬牛をはじめ、日本海の海の幸、丹波の山の幸など、地元の最高の食材が、熟練の料理人の手によって一皿一皿、丁寧に仕立てられます。美しい器に盛り付けられた料理は、目と舌で季節の移ろいを感じさせてくれるでしょう。
部屋食でゆったりと味わう夕食は、夫婦の会話を一層弾ませます。お互いのために酌を交わし、料理に込められた物語に耳を傾ける。それは、単なる食事ではなく、ふたりの記憶に深く刻まれる文化体験となるはずです。
サービス
夕食を終え、部屋で寛いでいると、そっと夜食が届けられる。
「あら、お夜食かしら」
小さな三段のお重を開けると、愛らしい手毬寿司が顔をのぞかせた。
「粋なことをしてくれるじゃないか」
夫が感心したように呟く。
控えめでありながら、心の琴線に触れるおもてなし。そのさりげない心遣いが、旅の夜を豊かに彩っていく。
こんな50代夫婦におすすめ
- 日本の伝統建築や歴史、文化に触れる旅をしたい夫婦
- 喧騒を離れ、静かで格調高い空間で過ごしたい夫婦
- 本物の食材と、芸術的な会席料理を心ゆくまで堪能したい夫婦
アクセス情報
- 住所: 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島469
- アクセス: JR城崎温泉駅より徒歩15分、車で5分
- 送迎: 城崎温泉駅より旅館組合の乗り合いバス、または宿の送迎あり(要確認)
ふたりで紡ぐ、宿の記憶
月明かりが、濡れた石畳を静かに照らしている。
夕食の後、どちらからともなく誘い合って、夜の散歩に出た。
「ここの庭は、いつまで見ていても飽きないな」
夫が、池を泳ぐ鯉に目を細める。
妻は黙って、彼の腕にそっと自分の腕を絡ませた。
若い頃は気恥ずかしくてできなかったことが、今ならごく自然にできる。
「冷えてきたわ。そろそろ戻りましょうか」
「そうだな。部屋の露天風呂が待っている」
言葉少なでも、心は通じ合っている。
この宿が持つ静寂と気品が、ふたりの間に流れる時間を、より深く、より確かなものに変えてくれる。
それはまるで、長年連れ添った夫婦だけが共有できる、無言の対話のよう。
歴史が薫るこの場所で、ふたりの歴史にまた、美しい一夜が刻まれていく。
ときわ別館
~水と緑に囲まれた静寂の離れで、ふたりだけの時間を~
■おすすめポイント(ときわ別館)
- 全室が趣の異なる離れ形式で、究極のプライベート空間を提供
- 美しい日本庭園の中に点在する客室で、自然との一体感を満喫
- 日本海と但馬の旬を活かした、繊細かつ滋味深い会席料理
- 和の風情と現代的な快適さを両立させた露天風呂付き客室
- 付かず離れずの絶妙な距離感で、心地よい滞在を約束するおもてなし
城崎温泉の中心街から少しだけ歩いた、閑静な場所。ときわ別館は、広大な敷地にわずか11棟の離れが点在する、まさに大人のための隠れ家です。他のお客様と顔を合わせることなく、我が家のように寛げる空間は、夫婦水入らずの時間を何よりも大切にしたいと願うおふたりに最適です。
客室
数寄屋造りの離れは、一棟一棟が異なる意匠で建てられており、訪れるたびに新しい発見があります。広々とした和室からは、手入れの行き届いた庭園を眺めることができ、まるで里山の別荘に滞在しているかのような錯覚に陥ります。露天風呂付きの客室を選べば、そこはもう誰にも邪魔されない、ふたりだけの聖域です。
客室露天風呂の時間
庭の木々をすぐそばに感じながら浸かる、岩造りの露天風呂。湯船に体を預けると、日々の疲れや喧騒がすっと溶けていくようです。鳥のさえずりをBGMに、朝の光を浴びながらの「朝風呂」は、この宿でしか味わえない格別の体験となるでしょう。
夜には満点の星空の下、語らいながら湯浴みを楽しむ。照れくさくて言えなかった感謝の言葉も、この開放的な空間なら素直に口にできるかもしれません。時間や人目を気にすることなく、好きな時に好きなだけ温泉を堪能できる。これ以上の贅沢があるでしょうか。
共用風呂
館内には、野趣あふれる岩風呂と、木の香りが心地よい檜風呂の二つの大浴場があります。離れから続く小径を散策しながら大浴場へ向かう時間もまた、風情あふれるひとときです。
もちろん、城崎名物の外湯めぐりも楽しめます。宿で「外湯めぐり券」を受け取り、浴衣と下駄で温泉街へ。ひとしきり外湯を楽しんだ後は、静かな離れに戻って自分たちだけの温泉で疲れを癒す。そんな、城崎温泉の魅力を余すところなく味わえる滞在が叶います。
食事
食事は、朝夕ともにお部屋でゆっくりと。仲居さんが一品ずつ絶妙なタイミングで運んでくれる料理は、日本海の新鮮な魚介や但馬牛、地元の野菜など、旬の恵みをふんだんに使ったものばかり。派手さはありませんが、素材の良さを最大限に引き出した、心に染み渡るような優しい味わいです。
特に冬場の松葉ガニは絶品。目の前で調理される焼きガニや、旨味が凝縮されたカニ鍋は、忘れられない味となるでしょう。お互いのペースで、会話を楽しみながらいただく食事は、夫婦の絆をより一層深めてくれます。
サービス
「あら、こんなところに」
部屋の隅に置かれた文箱に、妻が気づいた。
中には、美しい絵葉書と筆ペン。
「旅の思い出に、一筆いかがですか、だって」
「いいじゃないか。たまには手紙でも書いてみるか」
普段はメールで済ませてしまうやり取りも、旅先では少しだけ特別なものになる。
宿のさりげない仕掛けが、夫婦の間に新しいコミュニケーションを生んでくれる。
こんな50代夫婦におすすめ
- 誰にも邪魔されない、完全なプライベート空間で過ごしたい夫婦
- 自然に囲まれた静かな環境で、心からリラックスしたい夫婦
- 部屋食でゆっくりと、地元の旬の味覚を堪能したい夫婦
アクセス情報
- 住所: 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島817-2
- アクセス: JR城崎温泉駅より徒歩15分
- 送迎: 城崎温泉駅より送迎あり(要連絡)
ふたりで紡ぐ、宿の記憶
離れの縁側で、夫が庭を眺めている。
その背中に、妻はそっとカーディガンをかけた。
「ありがとう」
振り向いた夫の顔が、夕暮れの光の中で優しく見える。
「子供たちが巣立って、家が広くなったなと思っていたけれど」
「ええ」
「ここは、ちょうどいい広さだな。ふたりでいるには」
夫の言葉に、妻は何も言わずに微笑んだ。
ずっと、聞きたかった言葉だったのかもしれない。
広大な敷地に点在する、ふたりだけの小さな城。
物理的な距離が、心の距離を近づけてくれる。
虫の音が心地よく響く静かな夜。
ここでは、ただ隣にいるだけで満たされる、そんな穏やかな時間が流れていた。
西村屋ホテル招月庭
~五万坪の森林庭園に抱かれる、伝統とモダンが融け合うリゾート~
■おすすめポイント(西村屋ホテル招月庭)
- 五万坪の広大な森林庭園がもたらす、圧倒的な開放感と自然との調和
- 和の趣とホテルの機能性を兼ね備えた、多彩な客室タイプ
- 温泉街を一望できる、絶景の露天風呂付き客室「温泉露天風呂付 和洋室」
- ダイニングや料亭など、気分に合わせて選べる多彩な食事スタイル
- スパやプール(夏季)も完備し、アクティブな滞在も可能
城崎温泉の伝統を継承する西村屋が手掛ける、新しいスタイルの温泉リゾート。広大な自然に抱かれたこの宿は、老舗旅館のきめ細やかなおもてなしと、現代的なホテルの快適性を併せ持っています。「旅館の風情も好きだけど、ベッドで眠りたい」「食事はレストランで気軽に楽しみたい」そんな要望を持つ50代夫婦にとって、まさに理想的な選択肢となるでしょう。
客室
おすすめは、2019年にリニューアルされた温泉露天風呂付きの和洋室。大きな窓から陽光が差し込むリビングスペースと、シモンズ社製のベッドが配された寝室が、ゆとりある空間を演出します。そして何よりの魅力は、城崎の温泉街や円山川を見下ろす、プライベートな温泉露天風呂です。
客室露天風呂の時間
バルコニーに設えられた、信楽焼のモダンな湯船。眼下には、ミニチュアのような温泉街の灯りがきらめき、まるで空に浮かんでいるかのような錯覚を覚えます。この絶景を独り占めできるのは、この客室だけの特権です。
「まるで、街ごと貸し切りみたいだね」と夫が笑う。夜風を感じながら、遠くの街の喧騒をBGMに湯に浸かる時間は、非日常そのもの。日中は雄大な自然を、夜は美しい夜景を眺めながら、心ゆくまで湯浴みを満喫できます。ここは、ふたりのための天空のスパです。
共用風呂
この宿のもう一つの自慢は、大自然に溶け込むような大浴場「月下の湯」。広々とした内湯はもちろん、野趣あふれる岩造りの露天風呂、ジャグジー、ミストサウナなど、多彩な温浴設備が揃っています。
森林浴をしながら温泉に浸かっているかのような感覚は、心身を芯から解きほぐしてくれます。湯上がりにラウンジで庭園を眺めながら寛ぐ時間もまた、格別です。館内で湯めぐりを楽しみ、心身ともにリフレッシュできるでしょう。
食事
招月庭では、旅のスタイルに合わせて食事場所を選べるのが大きな魅力です。オープンキッチンから出来立ての料理が運ばれるダイニング「Ricca」では、但馬牛や新鮮な魚介を活かした和洋折衷のコースを。個室料亭「西村屋」では、伝統的な日本料理をプライベートな空間で味わえます。
どちらを選んでも、地元但馬の食材への深いこだわりと、それを最大限に活かす料理人の技が光ります。今夜はどんな料理を味わおうか、と夫婦で相談する時間もまた、旅の楽しみの一つになるはずです。
サービス
チェックインを済ませると、広々としたラウンジでウェルカムドリンクが振る舞われる。
窓の外には、五万坪の庭園が絵画のように広がっている。
「すごい眺めだ…」
思わず声が漏れる。
「ここでは、時間を忘れてしまいそうね」
妻が淹れたてのハーブティーを一口含み、微笑んだ。
これから始まる滞在への期待感を高めてくれる、洗練されたおもてなし。
伝統旅館とはまた違う、リゾートホテルならではのスマートな心地よさがここにはある。
こんな50代夫婦におすすめ
- 旅館の風情とホテルの快適性、両方を求める夫婦
- 広大な自然に囲まれ、リゾート気分を満喫したい夫婦
- 気分や好みに合わせて、食事のスタイルを自由に選びたい夫婦
アクセス情報
- 住所: 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島1016-2
- アクセス: JR城崎温泉駅より車で5分
- 送迎: 城崎温泉駅より定時運行のシャトルバスあり
ふたりで紡ぐ、宿の記憶
朝、鳥の声で目が覚めた。
夫はすでに起きていて、バルコニーの椅子に座り、庭を眺めている。
「おはよう」
「ああ、おはよう。すごい霧だ」
彼の視線の先には、朝霧に包まれた幻想的な森が広がっていた。
まるで、水墨画の世界に迷い込んだかのようだ。
「コーヒー、淹れるわね」
部屋に備え付けのミルで豆を挽き、丁寧にドリップする。
豊かな香りが部屋に満ちていく。
熱いコーヒーを片手に、夫の隣に座る。
言葉はいらない。
ただ二人で、同じ景色を眺めている。
広大な自然は、人間の存在の小ささと、隣にいる人の存在の大きさを、静かに教えてくれる。
慌ただしい日常から遠く離れたこの場所で、ふたりの時間は、ゆっくりと、そして豊かに流れていく。
城崎 円山川温泉 銀花
~円山川の悠久の流れを望む、全室リバービューの絶景宿~
■おすすめポイント(城崎 円山川温泉 銀花)
- 全客室から雄大な円山川を望む、唯一無二のリバービュー
- 専用の渡し舟で宿へ向かう、非日常感あふれるアプローチ
- 但馬の冬の味覚「松葉ガニ」を多彩な調理法で味わい尽くすカニ料理
- 客室露天風呂をはじめ、趣の異なる7つのお風呂で湯めぐり三昧
- 静かな川のほとりで、心穏やかな休日を過ごせるロケーション
城崎温泉街の喧騒から少し離れた、円山川のほとりに佇む「銀花」。この宿へのアプローチは、対岸の駐車場から専用の渡し舟に乗るという、旅の始まりから心を躍らせる演出が待っています。川面を滑るように進む舟から宿が見えてきた瞬間、日常が遠ざかり、特別な時間が始まることを予感させてくれるでしょう。
客室
客室はすべて、雄大な円山川に面して作られています。大きな窓からは、時間と共に表情を変える川の流れや、対岸の山々の美しい稜線を一枚の絵のように眺めることができます。和の設えの中にモダンな感性が光る空間で、ただ川の流れを眺めているだけで、心が洗われるような穏やかな時間を過ごせます。
客室露天風呂の時間
川に面したテラスに設けられた、陶器の露天風呂。湯船に浸かると、視線は川面の高さとほぼ同じになり、まるで川と一体になったかのような不思議な感覚を味わえます。遮るものが何もない開放感は、まさにこの宿ならでは。
朝靄が立ち込める早朝、静寂の中で川の流れの音だけを聞きながら湯に浸かる。夕暮れ時には、茜色に染まる空と川面を眺めながら、一日の終わりに感謝する。自然の大きな流れに身を委ねることで、日々の悩み事がちっぽけなものに感じられてくる。ここは、心と体をリセットするための特別な場所です。
共用風呂
館内には、客室露天風呂のほかにも、趣向を凝らしたお風呂が6つも用意されています。展望露天風呂や檜風呂、釜風呂など、館内だけで湯めぐりが完結してしまうほどの充実ぶりです。
特に、川に一番近い場所にある貸切露天風呂「すずめの湯」は、プライベートな空間で絶景を独り占めできると人気です。夫婦水入らずで、心ゆくまで川の絶景と温泉を堪能する時間は、忘れられない思い出となるでしょう。
食事
銀花の真骨頂は、何と言っても冬の「カニ料理」にあります。地元の津居山港で水揚げされた、タグ付きのブランド松葉ガニを、刺身、焼き、茹で、鍋、甲羅焼き…と、様々な調理法で味わい尽くすフルコースは圧巻の一言。新鮮で身の詰まったカニの旨味を、心ゆくまで堪能できます。
カニ以外の季節も、但馬牛やアワビ、ノドグロなど、地元の最高の食材を使った会席料理が用意されます。川の景色を望む食事処でいただく料理は、どれも素材の力を感じる逸品ばかりです。
サービス
渡し舟を降りると、着物姿のスタッフがにこやかに出迎えてくれる。
「ようこそお越しくださいました」
その一言と深々としたお辞儀に、旅の疲れが和らぐ。
ロビーで出されるお茶とお菓子をいただきながら、窓の外の川の流れを眺める。
「なんだか、別の世界に来たみたいだね」
夫がぽつりと言う。
これから始まる滞在が、特別なものになることを確信させる。
丁寧で、押し付けがましくない。その絶妙な距離感のおもてなしが心地よい。
こんな50代夫婦におすすめ
- 喧騒を離れ、川のほとりの静かな宿で穏やかに過ごしたい夫婦
- 唯一無二の絶景を眺めながら、温泉を心ゆくまで満喫したい夫婦
- 冬に訪れ、最高級の松葉ガニ料理を味わい尽くしたい夫婦
アクセス情報
- 住所: 〒669-6123 兵庫県豊岡市小島1137
- アクセス: JR城崎温泉駅より車で約7分(対岸の専用駐車場まで)
- 送迎: 城崎温泉駅より送迎あり(要予約)
ふたりで紡ぐ、宿の記憶
部屋の窓辺に二人で並び、ただ黙って川の流れを見ていた。
時折、水鳥が水面を滑っていく。
遠くの山々は、夕暮れの光を浴びて、その輪郭を濃くしていた。
「昔、子供たちを連れて川遊びに行ったのを思い出すな」
夫の言葉に、妻は記憶の糸をたどる。
「そうでしたね。あの子、石を投げて水切りするのに夢中になって」
「お前は、おにぎりをカラスに取られて大騒ぎしてたな」
「もう、昔のことです」
照れくさそうに笑う妻の横顔を、夫は愛おしそうに見つめた。
悠久の時を刻み続ける川の流れが、ふたりの記憶を優しく呼び覚ます。
慌ただしい日常の中では、とうに忘れていた小さな思い出の数々。
それこそが、ふたりが夫婦であることの証。
この静かな宿で、ふたりは失われた時間を取り戻していた。
三木屋
~志賀直哉『城の崎にて』の舞台。文学の香りに包まれる、粋人の宿~
■おすすめポイント(三木屋)
- 文豪・志賀直哉が逗留し、名作『城の崎にて』を執筆した宿
- 三百年の歴史が息づく、趣深い木造三階建ての建築
- 華美ではないが、細部にまで美意識が宿る、洗練された空間
- 季節の移ろいを映す、美しい日本庭園
- 文学の香りと静寂に包まれ、思索にふける時間を過ごせる
「三木屋」の名は、日本の文学史と深く結びついています。志賀直哉がこの宿で過ごした時間から、不朽の名作『城の崎にて』が生まれました。館内に一歩足を踏み入れれば、そこはかとなく漂う文学の香り、そして磨き上げられた木々の艶が、三百年の歴史の重みを静かに伝えてきます。華美な装飾はありません。しかし、その削ぎ落とされた空間には、本物を知る大人の心を捉える、凛とした美しさが宿っています。
客室
露天風呂付きの客室は、伝統的な和の空間に現代の快適さを取り入れた設え。窓の外には、宿自慢の庭園が広がり、四季折々の自然の美しさを堪能できます。志賀直哉も眺めたであろうこの庭を前にすれば、日常の些事を忘れ、静かに自分と向き合う時間が訪れるでしょう。
客室露天風呂の時間
庭園の緑に手が届きそうなほど近くに設けられた、檜の露天風呂。湯船に満たされた温泉は、源泉かけ流しの贅沢さ。梢を揺らす風の音、鳥のさえずり、そして檜の清々しい香りに包まれれば、心身の緊張がゆっくりと解けていくのを感じます。
ここで交わす言葉は、多くは必要ありません。ただ、湯けむりの向こうの庭を眺め、同じ時間を共有する。それだけで、ふたりの間には深い安らぎと信頼感が満ちていきます。文学の舞台となったこの場所で過ごす時間は、知的な好奇心と安らぎの両方を求める夫婦にとって、何物にも代えがたい体験となるはずです。
共用風呂
館内には、ステンドグラスが美しいレトロな雰囲気の「一の湯」と、家族で利用できる「家族風呂」があります。どちらも大きくはありませんが、三木屋ならではの歴史と趣を感じさせる空間です。
もちろん、宿のすぐ外は温泉街。下駄を鳴らして外湯めぐりに出かけるのも一興です。文学の舞台をそぞろ歩き、町の歴史に思いを馳せながら湯を巡る。そんな知的な散策ができるのも、この宿に泊まる醍醐味と言えるでしょう。
食事
食事は、但馬の旬を大切にした、正統派の会席料理。派手さや奇をてらった演出はありませんが、一品一品、丁寧にだしを引き、素材の持ち味を最大限に引き出すという、料理の基本に忠実な姿勢が伝わってきます。
特に、季節の魚のお造りや、滋味あふれる煮物など、口にするたびに心がほっとするような、優しい味わいが印象的です。長年この宿で腕を振るってきた料理長の、実直な人柄が偲ばれるような料理が、旅の夜を温かく彩ります。
サービス
ロビーの片隅に、小さな図書スペースが設けられている。
もちろん、そこには『城の崎にて』が。
「懐かしいわね。国語の授業で読んだわ」
妻が手に取った文庫本を、夫が覗き込む。
「俺は、蜂や鼠の描写が好きだったな」
「私は、最後の『淋しい』という言葉がずっと心に残っていて」
本一冊をきっかけに、学生時代に戻ったかのような会話が弾む。
この宿は、ただ身体を休める場所ではない。
知的好奇心を刺激し、夫婦の対話に新しい彩りを添えてくれる。
こんな50代夫婦におすすめ
- 文学や歴史が好きで、物語のある旅をしたい夫婦
- 華美な装飾よりも、本質的で洗練された美を好む夫婦
- 静かな空間で、じっくりと自分たちの時間と向き合いたい夫婦
アクセス情報
- 住所: 〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島487
- アクセス: JR城崎温泉駅より徒歩12分
- 送迎: なし(城崎温泉駅より旅館組合の乗り合いバスを利用)
ふたりで紡ぐ、宿の記憶
夜、部屋の書斎机で夫が何かを書いている。
昼間、ロビーで手にした絵葉書に、筆を走らせているようだ。
「誰かに手紙?」
妻が尋ねると、夫は少し照れたように笑った。
「いや、自分たちにだよ。十年後の、俺たちに」
驚いて、その手元を覗き込む。
そこには、今日の出来事や感じたことが、拙いながらも温かい文字で綴られていた。
「十年後、また二人でここに来て、この葉書を読んでみないか」
志賀直哉がこの宿で生死について思索を深めたように。
夫は、ふたりの未来について想いを馳せていた。
この歴史ある宿は、人に物事を深く考えさせる力があるのかもしれない。
妻は何も言わず、新しいお茶を淹れた。
湯呑から立ち上る湯気の向こうで、夫の横顔が頼もしく見えた。
まとめ|さあ、ふたりの時間を紡ぐ旅へ
城崎温泉で、夫婦の新たな物語を紡ぐにふさわしい5つの宿をご紹介しました。
- 西村屋本館: 伝統と格式の中で、日本の美を再発見する旅に。
- ときわ別館: 完全なプライベート空間で、誰にも邪魔されず語り合う旅に。
- 西村屋ホテル招月庭: 大自然とリゾートの快適さの中で、心身を解放する旅に。
- 城崎 円山川温泉 銀花: 雄大な川の流れを前に、心をリセットする旅に。
- 三木屋: 文学の香りに包まれ、知的な思索にふける旅に。
子育てが終わり、人生の後半という新しいステージを迎えた今だからこそ、訪れるべき場所があります。カラン、コロンと響く下駄の音に誘われ、そっと手を繋いで歩く柳並木。それは、かつての恋人時代を思い起こさせると同時に、これから先の長い道のりを、再びふたりで支え合って歩んでいくという、静かな決意表明になるのかもしれません。
日常から少しだけ離れて、大切な人と向き合う時間。
さあ、次の休日は、ふたりのための物語を探しに、城崎温泉へ出かけてみませんか。